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ペイチェック ジョン・ウーの目論見(コラム) 印刷 E-mail
ペイチェックをDVDで見た。今ごろ? という感はあるが、これが特筆すべき作品だったので、この作品について考えてみたい。

はっきりいって見ているのがつらかった。まず気になるのが、かの偉大なる奇人(貶しているわけではありません)のフィリップ・K・ディックの原作をアクション映画一直線のジョン・ウーになぜ監督させたのだろうかということだ。

これは、男と男のプライドをかけた、とか、激しい銃撃戦で手に汗握る、という話ではない。案の定、このアクション狂の監督はこの作品をまったくのアクション映画に仕上げてしまった。これがそれ向きの映画なら、そりゃ、その手腕はたいしたものだと思うけれど、なんてたって思考分裂気味のアイデアが売りのディックの作品なんだから、そんなアクションはまったくの不要、というか、邪魔でしかない。観客は思う存分、ディックの奇妙奇天烈でなおかつスリルに満ちた世界に没頭したいのだ。

たしかにアクションシーンは見事ではある。いつもながらの、目新しい――それこそあれやこれやと練られた、サーカスの芸を見るような奇妙なアクションはあったし、ふたりの男がお互いに銃を突きつけあうおなじみのシーンもあったし、サムペキンパーばりのスローモーションもあったし、こん棒を振り回すなんてハリウッドの映画では珍しいアクションもあった。が、そんなものを観客は望んでいないのだ。もちろん原作も。

観客も、というのは語弊があるかもしれない。かつては、かくいうわたしもジョン・ウーの香港時代のアクション映画は好きだった。『男たちの挽歌』なんて、チョウ・ユンファの演技にしびれながら、なんども見たものだ。しかし、それはあくまでストーリーにマッチしたアクションであって――あるいは、アクションにマッチしたストーリーであって、それこそ、観客が望んでいるものなのだ。そんなアクションなら、いつでもどこでも大歓迎である。

が、このペイチェック。望んでもいないのに、中盤辺りでやたら長いアクションを展開する。そのシーン単独で見たならば、きっと刺激的でおもしろいと思うのだろうが、こちとら観客は話の続きが見たいのだ。どのみち物語中盤のアクションで主人公が死ぬわけがないではないか、そんなものはもっとあっさりでいいのだ。それを、コンサートで自分を見失ったギタリストが、ギターソロをやたら長引かせて、観客に食傷気味にさせるかのようにやたらめったら長引かせて、前からのサスペンスの流れを一気に切ってしまうとはまったく余計だ。

気になるところは他にもある。それは超がつくほどの御都合主義のストーリーだ。主人公は未来を予見できる設定なのである部分に関してはしかたないけれども、それを通り越して都合のよいことばかりでストーリーは進行する。きっとジョン・ウーはこう考えたのかもしれない。ストーリーはさっさと進めないと、肝心のアクションシーンの時間が短くなると。

それでも映画の前半はかなりおもしろい。さすがはSF界の大御所の原作と思わせる、奇想天外で、魅力的な導入部分になっている。それが後半になるにつれて、かなり無残に、もうぐっだぐだになる(たしかにディックの小説にはこういう傾向は微かにあるけれども)。登場人物はやたらと説明台詞を連発するわ、意味のないアクションを随所に織り込むわ、説明すべきところで説明がないわ、で見ているこちらは、いっそここで見るのをやめようかという誘惑に駆り立てられる。

それにくわえて、観客のモチベーションを下げるのは、音楽のセンスのなさだ。クレジットを調べてみると、作曲家はなかなかのキャリアのある人のようだが、(わたしはジョン・ウーがだれか友達に適当に作曲してもらったのかと疑ったのだが)まるでB級映画を思わせるテイストをぷんぷん匂わせてくる。これも思うに、ジョン・ウーのしわざに違いない。どんな素晴らしい曲をつかったところで、それがシーンに合っていなければ、よくは聞こえないものだ。きっとジョン・ウーはこう思ったのに違いない。音楽があまりよすぎると、アクションに目がいかないと。あるいは、香港時代、ロジャー・コーマン製作の映画ファンで、B級映画へのオーマジュのつもりだったのかもしれない。

と、ここまで書いてきて、あることに気がついた。ジョン・ウーの目論見はこの映画の成功などというちっぽけなものではなく、もっと壮大な別のものという可能性がある。それはかつての故郷、香港の映画業界を興隆させるため、ハリウッド映画の信用を失墜させる――そう、それに違いない。だからジョン・ウーは確信犯なのだ。わざとこのつまらない映画を撮り、それでも自分の信用を落としてはいけないのでアクションシーンだけにはやたらと力を入れ、作曲家、原作、俳優などハリウッド関連のクルーは木っ端微塵に砕いてやろうと考えたのに違いない。だからこそ、主演をつとめたベン・アフレックはこの作品でラジー賞を勝ち取ったのだ。なんと素晴らしい郷土愛……ってそんなわけないか。


 

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